アレクセイ・ネクラーソフ監督作品 アレクサンドル《サーシャ》・リトビネンコ 暗殺リトビネンコ事件 ― The Litvinenko case 2007年カンヌ国際映画祭公式出品作品

リトビネンコblog アレクサンドル《サーシャ》・リトビネンコ マリーナ・リトビネンコ アンナ・ポリトコフスカヤ ボリス・ベレゾフスキー アンドレイ・ルゴボイ ミハイル・トレパシキン ウラジーミル・プーチン プロデューサー◎オルガ・コンスカヤ 撮影◎マルチン・ヴィンターバウアー+セルゲイ・ツィハノビッチ 音楽◎イリーナ・ボグシェフスカヤ 録音◎マチアウス・シュワブ デジタル・カラリスト◎フィリップ・グロースマン 字幕◎大田直子 字幕監修◎田原総一朗 配給◎スローラーナー 原題:REBELLION THE LITVINENKO CASE 2007年/ロシア映画/35mm/101分/ドルビーデジタルSR

暗殺リトビネンコ事件―The Litvinenko case
監督プロフィール

監督◎アンドレイ・ネクラーソフ Andrei Nekrasov
1958年に科学者の家族で生まれたアンドレイ・ネクラーソフは、故郷のサンクトペテルブルクの州立演劇・映画研究院に入学するが、その後パリ大学(パリVII、VIII)で言語学と哲学の修士号をとる。1985年に、映画『サクリファイス』の撮影現場から編集の段階までタルコフスキー監督の助手として働く。それからブリストル大学映画学校(RFT)でフィルムメイキングを勉強。卒業後国際共同製作のドキュメンタリーやTVアート番組を手がける。彼の初めての短編劇映画“Springing Lenin”(1993年)は同年カンヌ国際映画祭批評家週間で受賞し、そして1997年に初めての長編“Love is as Strong as Death”もマンハイム映画祭でFIPRESCI賞を授けられた。2本目の長編“Lubov & Other Nightmares”(2001年)は、サンダンス映画祭で二つの部門で出品され、世界中の映画祭で評価された。2004年にネクラーソフ監督は長編ドキュメンタリー作品“Disbelief”を完成。国際映画祭で様々な賞を受賞。アメリカやカナダなどのテレビで放送され、評論家の評価を集めた。数年にかけて撮った映像を含める『暗殺・リトビネンコ事件』は完成直後間もなく第60回カンヌ国際映画祭に出品された。演劇の演出としても活躍するほか、著書「The Next Revolution」は去年キエフでChas publishers社によって出版された。

■監督作品
1993年 SPRINGING LENIN 跳ぶレーニン(35mm /25分)
93年カンヌ国際映画祭映画祭国際連合教育科学文化機関賞
1997年 LOVE IS AS STRONG AS DEATH 愛は死ほど強い(35mm /100分)
97年マンハイム=ハイデルベルク映画祭FIPRESCI賞
97年ロシア国際映画祭審査委員特別賞
2001年 LUBOV AND OTHER NIGHTMARES リュボフ/その他の悪夢(35mm /100分)
01年ロシア国際映画祭主演女優賞
01年モスクワロシア映画祭審査委員特別賞
2004年DISBELIEF 不信 (35mm/105分)
04年カラチ国際映画祭最優秀ドキュメンタリー賞
04年コペンハーゲン国際映画祭AMNESTY賞
2007年 Bunt Delo Litvinenko 暗殺・リトビネンコ事件 (35mm 110分)

「“反乱”それは、サーシャがロシアで行っていたことを指して彼が言った言葉だ。サーシャの反乱は押しつぶされてしまった。彼は亡命して、道義という言葉の意味を探す旅に出た。私は、彼が痛みを伴う疑問に行き当たるのを見ていた。社会が正義ではなく、独裁力によって統治されるなら、どうなってしまうのか?という疑問だ。しかし、サーシャは正義を信じていた。真実は存在すると。社会のシニシズム(冷笑的な見方)に染まりはしなかった。だが彼は、過去の経験から、真実に到達するには、反抗を通してしかないと知っていた。そして、ロシアの反逆者として、全てを危険にさらす事を覚悟していた。私がこの仕事を始めた時、その人生の終わりに近づいていたアンドレイ・タルコフスキーに出会い、彼のようになりたいと思った。決して妥協する事のない芸術家であり、イデオロギーや“ソビエト国民”に縛られることなく、自由に個人の考えを表現した。しかし彼は、ソビエト国民の名のもとに、エリート主義、傲慢を批判された。タルコフスキーは傲慢だったのではなく、エリートを尊重する人だったのだ。それは、全体主義を否定する意味でのエリートということだ。タルコフスキーは多くのソビエト国民が、熱狂的に共産党を廃止しようとしたエリツィンに投票する様を見ることなく、亡くなった。資本主義としてのロシアが15年を経て、今また1917年の革命以前に、ドフトエフスキーやチェーホフが描いた世界・・・貧富の差、貴族たち、落ちぶれて傷ついた社会になっている。今のロシア社会では、私が思うにエリート主義者になることは許されない。ただ完全なノンポリの芸術家になることは、自分はよいと思わない。なぜなら犯罪に目をつぶることになるからだし、様々な形のファシズムに歴史の中で繰り返し、力を与えてきた事だからだ。リトビネンコの事件に目をつぶる事は、卑怯という意味だ。友人が殺されたとしたら、あなたはどうするか?犯人が誰かを調べて、後を追うだろう。タルコフスキーだったら、反ファシストの映画を作ったに違いないと私は思う。」
アンドレイ・ネクラーソフ

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